不器用な彼氏
“ピッ”と短い機械音が鳴り、腕にしていたお気に入りのGショックが、午後5時を知らせてくれる。

『いけない』

急いで室内に戻り、軽く部屋の片付けをすると、食事が終わった後、すぐに入れるようにと、お風呂の準備をする。
もちろん、持ってきた自前の浴衣も忘れずに。

確かに、もう若くはないし、スタイルだって決して抜群というわけじゃないけど、この際、女子力を上げるために、“浴衣”という女性の色気を確実に割増してくれる夏のアイテムは、最大限に利用しない手はない。

ほんの少しでも、手放したくないくらいに、私に心が奪われますように…と、願いを込めて。


夕食は2階のフロアにある食事処でふるまわれるとのこと。

やはり花火大会があるために早めに夕食を取る人が多いからか、エレベーターで2階まで降りると、既に夕食の受付を待つ列ができていた。

食事処といっても、旅館などに良くある大広間と違って、入口は竹をふんだんに使った落ち着いた雰囲気で、どうやら通常時は懐石料理などを出す、料亭を営業しているようだった。

薄桃色のさくら模様の着物を身に着けた、受付の女性に部屋番号を伝えると、海成が先に来ているようで、その席まで案内される。

店内は、室内だというのに中央に小さな小川が流れていた。

照明は時刻に合わせて落としているようで、夕刻のこの時間は、先程、部屋のバルコニーから見た空の色を真似た照明が灯され、足元には柔らかな間接照明、その左右の通路に竹で区切られた座席が並んでいるようだった。

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