不器用な彼氏
早目に食事を始めたので、食事処を出たのは、まだ6時半を少し過ぎたばかりだった。

海成はそのまま、またお風呂に行くというので、少し余裕を持って、7時40分頃フロントで待ち合わせることにして分かれる。

時間はまだ1時間以上あるけれど、私の方は、浴衣を着付ける時間も入れると、あまりのんびりもしていられない。

急いで部屋へ戻り、お風呂セットと浴衣を取ると、そのまま、湯処に直行した。

女性用の大浴場は、今夜の花火大会までそんなに時間もないからか、充分な広さのある脱衣所も、あまり人気はなく、ほぼ貸切状態。これなら周りを気にせず、持ってきた浴衣の着付けも裕に出来そう。

脱衣所から一歩湯殿に入ると、海成の情報通り、かなり広々として開放的な広さ。

内湯や露天、大小さまざまな風呂があり、時間があれば一つ一つ、ゆっくり浸かりたいところだけど、如何せん今は時間がない。

とりあえず、ザッと身体と髪を洗い、少しだけ内湯に浸かって早々に上がる。
脱衣所で時間を確認すると、まだ、7時まで5分ほどあった。

少々急ぎすぎた気もするが、少し余裕が出来た分、着付けに時間を費やせる。

先ずは、宿の浴衣を仮に着て、いつもより丁寧に髪を乾かす。

次に、浴衣に合わせて、肩ほどまである髪をアップにする為に、手を尽くしてみたけれど、自分が思っていたより髪が短かく、なかなかうまく決まらない。

仕方なく、アップにするのは諦め、厚化粧にならない程度の化粧を施し、浴衣の着付けに入る。

あまり子供っぽくならず、歳相応に見られるようにと、派手さのない落ちついた薄若紫の浴衣に、帯は少し明るい山吹色を使って、あまりシックになり過ぎないように、文書結びで仕上げる。

さすがに何度も練習した成果もあり、着付け初めてから、もの10分足らずで完成。
我ながら上出来だ。

『……あれ?なんなん?コレ?おかしいわぁ』

ふと、もう誰もいないと思っていた、広い脱衣所の片隅から、衣ずれの音と、独り言のようにつぶやく声がかすかに聞こえてくる。
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