不器用な彼氏
『親父さん元気か?』
『元気よ。今は離れて暮らしてるから、たまにしか会えないけど』

思い出したように、スッと左手の薬指を見せる。そこには銀色に輝くシンプルなデザインのリング。

『実は、3年前に結婚したのよ、私』
『…そうか』
『子供も一人ね、女の子。可愛いわよ』
『理香子が子育てか…想像でき無えな』
『失礼ねぇ』

二人して笑い合う間、どうにも取り繕えない自分がいた。
場の空気が、なぜか割り込めない雰囲気があり、自分の存在を主張することも憚られた。

『…菜緒、どうした?』

海成に声をかけられ、我にかえって『何でもないよ』と、笑みを返す。
彼女の方が、そんな私を気遣い

『ごめんなさいね、呼び止めちゃって』
『あ、いえ…』
『つい懐かしくて、声かけちゃったわ』

そう微笑むと、海成に向き直る。

『今日、熱海で一泊するんでしょう?』
『ああ』
『うち、駅前で土産物のお店やってるから、良かったら寄ってって。うんとサービスするから』
『寄れたらな』

そういうと、一瞬の間があり、彼女は小さく息を吐くと、去り際に海成の胸に手をあて、一言。

『…会えてよかったわ』

そうつぶやくと、『じゃあね』と、去っていく。

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