不器用な彼氏
宿に着くと、私は浴衣を着替えるのと、もう一度ゆっくりお風呂に入りたいからと、湯処に寄ってから部屋に戻ると告げ、海成とはフロントで別れた。

花火大会が終わってすぐ戻らなかったのが幸いだったのか、女性用の脱衣所は湯殿から上がった人で、だいぶ混雑していたけれど、逆に湯殿の方は比較的に空いていて、ゆっくりと、湯に浸かることができた。

内湯から露天に出るガラス扉を開けると、やわらかな風と潮の香りがかすかに香るそこには、右側に寝湯、左側に壺湯が3つ、真ん中には、正面に熱海の海が見下ろせるように、檜の湯船が横長に広がっている。

その海に面した側の縁には、枠のない一枚ガラスが張り巡らされているようで、今は暗くてよく見えないが、日中であれば、海とつながっているようにさえ、見えるのだろう。

広い檜湯の左端にゆっくり身を沈め、檜の良い香りに包まれながら、軽く膝を抱えると、天を仰ぐ。
見上げた空には、満天の夏の星空。

『あ~何なのよ、もうっ』

思わず口にしてハッと周りを見ると、同じ湯船の右端には、ご年配の女性が3人ほどいたが、皆おしゃべりに夢中で、私の独り言など全く気付いていないようだ。
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