不器用な彼氏
学生だった海成と…こんな風にキスされたんだろうか?
互いに名を呼び合い、抱きしめあったのだろうか?

想像したくないのに、キスされている自分が彼女とかぶり、消しても消して浮かんでくる。
息継ぎの途中に呼ばれる名前も、彼女の名前をかぶらせてしまう。

荒く擦れた声で“『理香子…』”と…呼ぶ声が…。
心の中で、“…嫌だ!”と、叫んだ瞬間、不意に口づけが止まり、ゆっくりと離れる海成。

『お前…』
『……え?』
『…何、考えてる?』

何かを察知したような、海成の怪訝な顔。
この複雑な感情が入り乱れる心の中を悟られないように、無理やり笑顔を作り出すが、うまく笑えている自信がない。

『…別に何も…』
『じゃ、何でそんな辛そうな顔すんだ…嫌なら、そう言え。…強引にする気は無え』
『い、嫌じゃないよ?』

そう言って、居住まいを正す海成を追うように起き上がった途端、頬に涙が零れてしまう。

『…お前、何で泣く?』
『あ…違うの、コレは…私、全然平気…』
『…菜緒?』

突然泣かれ、訳が分からないといった様子の海成。
自分でも、どうしたら良いのかわからず、ただ、流れる涙が止まらなかった。

海成が、手を延ばし、私の額に触れる直前、その手を払い

『…ごめんッ』

そう言うと、部屋を飛び出してしまった。
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