不器用な彼氏
『何って…』
『…自分が女だって自覚、あるんだろうな?』
『ど、どういう意味よ?』
『アイツらの車、乗ったら最後、ヤラれて終わりだぞ』
『…まさか、大げさよ』
『バカ野郎ッ!』

いきなり大声で怒鳴られ、道行く人はもちろん、海辺で遊んでいた若者たちも、何事かとこちらを振り返る。

海成は、その視線に気が付くと、面倒くさそうにくるりと背を向けると『少し歩くぞ』と、今来た道を反対方向へ進む。

前を行く大きな背中が、有無を言わせない空気を漂わせ、黙って後ろを歩くことにする。

さっきと逆方向に進むため、右手にあった海岸は左側になり、遥か先の右上には自分達の泊まってる宿の灯りが見えた。

折しも右手の山から流れてきた風が、頬をかすめ、思わず肩にかけていた丹前の前を引き合わせて、それが、海成の物だと思い出す。

『あ、コレ(丹前)…』

海成は、軽く後ろを振り向き、私が丹前を脱いで渡そうとすると、それを静止し、

『俺はいい。お前が着とけ』
『でも…少し風冷たいし』
『寒くねぇ。黙って、上に羽織ってろ』

今度は振り向きもせず、相変わらず怒りを含んだ声音で、叱られる。

今までも、仕事やプライベートで怒られることは何度もあったけれど、いつもストレートに怒りをぶつけてくる彼が、こんな風に感情を押し殺すように、怒っているのは初めてだった。

それでいて、内に秘める、にじみ出るような怒りが伝わってくる。

それは、間違いなく、私を心配してくれている上でのこと。
充分伝わってくるだけに、その沈黙の背中に『心配かけて、ごめんね』と、つぶやいた。

一瞬、軽くため息を付かれ、心なしか歩調が少し遅くなる。
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