不器用な彼氏
暫くすると、『落ち着いたか?』と聞かれ、黙って頷くと、今度はお互いどちらからともなく、自然と手がつながれ、またゆっくりと歩き出す。

何だろう?たったそれだけで、こんなにも安心感があるなんて、ずっと気づかなかった。

途中、さっきまで雲に隠れていた月が顔を出し、薄暗かった歩道も明るく照らしてくれる。

左側の海岸も、人工的に作られたブルーライトよりも深く蒼く照らされ、海の水面もキラキラと輝き、より一層神秘的な世界が広がっていた。

海岸沿いの車道から、宿までの直通の通路まで、あと少しというところまで来て、急に海成が立ち止まる。

『…どうしたの?』

問うと、『少し付き合え』と、左側の歩道の切れ間にあった、階段を下りる。
降りた先にある砂浜に出ると、今度は、人気のない波打ち際まで、ゆっくりと歩きだす。

素足で宿の下駄を履いてきてしまった私は、海成の手に引かれながら、ひんやりとした砂をサクサクと進む。

月明かりに照らされ、蒼い砂漠のような砂浜は、花火を見に来た時よりも数段冷えていて、素足にさらさらと触れて心地よかった。

波打ち際まで来ると、海成が唐突に話し出した。

『理香子のことだが…』

海成の口から、彼女の名が出て、思わず顔を見上げると、真顔で見つめ返され

『気になってるんだろう?俺とアイツのこと』

すべて見透かされてるようだった。
今更、昔の女のことなど、知らなくても良いことなのかもしれないし、知ったらもっと苦しくなるかもしれない。

それでも、このモヤモヤした感情から解消されたかった。
意を決して、緊張した面持ちで、黙って頷く。
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