不器用な彼氏
『進藤、櫻木、大丈夫か?』
暗闇の奥から、坂井さんの声がした。
とっさに、小声で『進藤さん大丈夫ですか?』と聞くと『あぁ』と、うめき声のような返事が返ってきた。
『私も進藤さんも平気です』
そう答えると、広い執務室の中央あたりで、いくつかの懐中電灯が付き、
『自家発電の故障か?』
『見に行くしかないですかね?』
社員たちの話し合う声が聞こえてくる。
真っ暗な中でも少しずつ目が慣れて、懐中電灯の光の中で、残っている社員たちが、各々簡易用のカッパに身を包む姿が見える。
思えばこんな時は、率先して現場に行きたがる進藤さんが、席から立たずにじっとしているのは、どう考えても不自然だ。
しばらくして準備が整ったらしく、
『進藤!悪いけど、こっち全員でちょっと外みてくるから、櫻木よろしくな!』
『暗闇で変な気、起こさないで下さいよ~』
『マツ!進藤をお前と一緒にすんな馬鹿!』
この非常時に、軽口をたたく松永君が、坂井さんにたしなめられる。
『じゃ、後頼むぞ!』
坂井さんの声が聞こえたと同時に、通路の突き当りにある西側の扉が開くと、二階にもかかわらず、冷たい雨風が一直線に入ってきた。進藤さんの代わりに『はぁい』と答えたが、おそらく耳には届いていないのだろう。
パタンと扉が閉まると、微かにあった懐中電灯の光もなくなり、また真っ暗な暗闇の中に閉じ込められる。