不器用な彼氏
携帯電話から漏れる微かな光の中で、少し震えながらも差し出された椅子。せっかく手繰り寄せてくれたその椅子におとなしく座ろうと…。

『お、おい?櫻木?』
『…』
『どうした?』
『…あ』

なぜか椅子には座らず、そのまま進藤さんの大きな胸板に飛び込み、精いっぱい伸ばした手のひらで、到底まわりきれないけれど、ぎゅっと抱きしめていた。

『え~と…どうしたんでしょう?私…』
『俺が聞いてるんだが?』
『ハハハ…ですよね?』

意外にも、つき飛ばしたりされないのが不思議だった。さっきは、指一本触れただけで飛び上がったくせに…。

いや、むしろ突き飛ばしてくれた方がよかったのかもしれない。もう引くに引けなくなって、そのまま硬直し、動けなくなってしまった。

『こ、こうしてたら…雷、怖くなくなりましたでしょう?』
『だから、怖くねぇって…ってか、本当は、お前が怖いんだろ?』

確かに、これじゃ私が怖がって、しがみついているみたいだ。

『別に私は…』

次に続く言葉が見つからず、この場をどう切り抜けるか?日頃使わない頭を、フル回転させて考える。

当然だが、その間進藤さんの手は、宙に浮いているのだろうか?一切、私の身体に触れてこないあたりが、彼らしかった。

ふと、雨音が少しだけ弱まった気がしたと同時に、今度は別の音が大きさを増し、何の音か耳を澄ます。

ちょうど進藤さんの胸元に耳を押し当てる形になっているためか、その音の源は、半端なく早音を打つ進藤さんの心臓の音だと気づくのに、さして時間はかからなかった。

『あ、ほら!そんなこと言って、進藤さんこそ無理しちゃって。こんなに心臓ドキドキしちゃってるじゃないですか?』

思わず勝算を確信し、

『雷怖いくらい、大した事じゃないですよ』

怖がる子供にするように、進藤さんの大きな背中をポンポンとたたいてみる。

『ハァ~…こいつマジであほか…』

勝利を確証した私に、あろうことか頭上から、深いため息が降ってくる。

『違うんですか?』

だってこんなにも心臓がバクバク云ってるのに…。雷にビビっているんじゃないの?

『あのなぁ』
『はい?』
『だからぁ~気になって仕方ねぇ女に抱き着かれて、平気な訳ねぇだろって!』
『へ?』
『………やべぇ』
『し、し、進藤さん…今なんて??』
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