不器用な彼氏

『……』
『……』

しばし、事務員の電話応対を遠くに聞きながら、互いに沈黙が流れていた。

相変わらず、早音を打つ心臓の音を鎮めるように、何回目かの大きな深呼吸をしてみる。
そのうちに、もしかしたらこれは夢かなんかで、さっき起こったことは現実ではないのかもしれない…と、本気で思い始めた頃、唐突に『オイ』と後ろから声がして、思わず振り返る。

『ばか!振り向くな』
『え?あ、ハイ』

背中を向いたまま言われ、即座に言われたように机上に向き直る。
進藤さんの次の言葉を待つ。

『…今さっき起きたことは、忘れろ』

低い声が背中越しに聞こえる。

『…起きた事って…どこからですか?』
『全部に決まってんだろう』
『全部って…進藤さんが雷にビビッてるとこからですか?』
『殺すぞ、てめぇ』

恐ろしく低い声音でつぶやかれる。

数分前に、想いを告げた相手に言うセリフとは、到底思えない。
でも不思議と怖いとは思わなかった。

『嫌です』
『は?』
『忘れません…というより、忘れたくありません。だって…』

不意に自分の意志とは関係なく、言葉が継いで出た。
前を向いたまま、言葉を続ける。

『…私も同じ気持ちだから…』

言ってから、”ああそうか”と自分の気持ちに気付く。

そうなんだ。いつからか、私、進藤さんに惹かれていたんだ。
戸惑いが確証に変わる。

『お、お前、自分が何言ってんのか、わかってんのか?』
『もちろん、わかってます』
『よく考えてからモノを言えっ』
『考えてますって』

背中越しに、珍しく動揺して饒舌になる進藤さんの声を聴きながら、逆に妙に冷静になっていく自分がいた。

彼が嘘を付くような人じゃないことは、周知の事実。それならば、好きな人に好きだと言われて、断る理由がどこにあるのだろう?

『進藤さん』

意を決して、くるりと椅子ごと後ろを振り返る。
呼ばれた反応で、進藤さんも大きな身体をカウンター側に半面向けてくれる。

『な、何だ』
『今日から恋人…ですね。よろしくです!』

そういうと、半面向けた時、机に肘をかけた状態だった進藤さんの左手に、一回り以上小さな自分の手を重ねて、ギュッと握手する。

『なッ!!何すんだ、お前!!』

案の定、思いッきり立ち上がり、執務室中に響き渡るような大声で、怒鳴りつける。もちろん、今度は椅子から転げ落ちないように、しっかりと腰を据えて、にっこりと微笑み返す。

翌日以降、『進藤をそんなに怒らせるなんて、いったい何をしたんだ?』と複数の人に聞かれたが、真相は誰にも言えるはずがなかった…。
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