不器用な彼氏
店を出たのは、午後11時を過ぎていた。
今日だけは俺が出すからと、食事代はご馳走になる。
外は吐く息が白くなるほど寒く、小雪がふわふわと舞っている。路地から通りに出ると、そこかしこにクリスマスのイルミネーション。どこからか、ユーミンの『恋人はサンタクロース』のオルゴール音が流れてくる。
数日後に迫った聖なる夜に、若い頃のように胸がときめく。
『寒ぃと思ったら、雪か…』
お店から出てきて、襟元にマフラーを巻きながら白い息を吐く彼。
『今年の冬は寒いから、ホワイトクリスマスになるかもね?』
『どうだかな』
あまりにそっけない返事か返ってきたので、心配になり
『…クリスマス、平日だけど会えるよね?』
『24日、俺、徹夜』
『え…』
思わず絶句してしまう…。
久々に訪れるはずだった恋人との甘い時間。しかも記念すべき、進藤さんとの初めてのクリスマスなのに…。
『そっか…仕事じゃ仕方ないね…』
クリスマスまで残り数日。同じTMでもあり、大人の女性としては、今から誰かと代わってほしいなんて言えない。
ほんの少し積もり始めて、ぬかるんできた足元に視線を落として、ゆっくり駅へと向かう。これ以上求めるなんて贅沢だとわかっているけれど、やっぱり一緒に過ごしたかった。
『!』
と、突然自然に下ろしていた右手を取られ、びっくりして車道側に立つ彼を見上げる。
『この時間なら、誰にも会わねぇだろ』
まっすぐに前を見たまま、首元に巻いていたグレーのマフラーを口元まで引き上げる。
『嫌ならほどけ』
嫌なわけない。言葉には出さず、ぎゅっと握り返すことで、想いを伝える。
手袋越しに伝わってくる、彼の手のぬくもり。
職場では絶対に聞けない、柔らかな声が上から降ってくる。
『お前とこうなるとわかってたら、誰かに代わってもらってた』
『うん』
私も前を向いたまま、それに答える
『わかってる』
私だって、今さっき手を繋がれると知っていたら、手袋なんてしなかったしね…なんて、絶対教えないけど。
『もし…もし俺とこうなったこと後悔してんなら…』
『え?』
思わず隣を振り返る。
ほんの一瞬、握られる手の力が強くなる。
『…いや、やっぱ遅えな』
自問自答する彼。フッと私の顔を見て
『今更逃げんなよ』
つっけんどんに言い放つ。
私だけじゃない。進藤さんも、私と一緒に不安なのかもしれない。そう思ったら、なんだかホッとした。
これから少しずつ距離を縮めていけばいい。ゆっくり、二人のスピードで。
私はできる限り彼をマネて凄んでみせると、
『逃げねぇよ、バカ』
と悪態をついた。