不器用な彼氏
車を停めた駐車場は、お台場からかなり離れた場所にあり、上限一日1500円と、格安。ここもカイ君のお姉さんが教えてくれたらしい。

広い敷地の中は、昼間停めた時に、ほぼ満車だったのに、この時間になると、まばらにしか車が残っていない。外灯もこの広さのわりに少なく、足元は真っ暗だった。

間もなく午後10時を、過ぎようとしている。

『遅くなったけど、家、大丈夫か?』

この歳でも、実家に住む私を、どうやら気遣ってくれているようだった。

『平気よ。子供じゃないんだから、むしろ早く帰ってくる方が心配するわ』
『そりゃそうか』

お姉さんの赤い車まで来ると、カイ君が車のキーを開ける。
ピピッと音がしてロックが外れる音。

『あ、待ってカイ君』

ふと、車の後ろに回り込むと、胸元辺りまである柵に両手をかけて、

『見て!すごい景色』

駐車場の入り口からはわからなかったけど、この駐車場自体が少し高台にあり、車の後ろにある柵の向こうは、レインボーブリッジ側から、お台場全体を見るような夜景が広がっていた。

『姉貴がやたら、ここに停めろってうるさかったのは、これか』

車のドアを閉めて、隣に立つ彼。

『素敵…お姉さんに感謝しなきゃね』

ここから見る景色は、さっき見た夜景と少し違う趣で、また一段と美しかった。

しばし立ち尽くし、その美しさに感動しつつ、今日一日、なんて幸せな日だったのだろうと、振り返る。この先、何度デートを重ねても、今日のことは、絶対忘れない気がする。横に立って、同じように絶景に見惚れているカイ君も、きっと同じ想いに違いない。

微かに流れてくる潮の香り。

遠くに聞こえる波の音を、もっと聞きたくて、静かに目をつぶってみると、不意に何かが、唇をかすめる。

『え?』

パッと目を開けて、隣を見上げる。

『え?え?』
『ほら帰るぞ』

柵から離れ、車に向かおうとする彼のシャツを掴む。

『ちょ、ちょっと待ってよ』
『何だ?』

振り返るカイ君。

『今…』

唇をかすめたのって…。

『私に、キスした?』

いくら鈍感だって、それくらいはわかる。

『嫌だったのか?』

と、悪びれている様子は全くない彼。

『もちろん嫌じゃないけど、不意打ちはひどい!』

いくらなんでも心の準備というものがある。

『なんだ。誘ってんのかと思ったんだが』
『う…』

確かに、不覚にもこのタイミングで目を閉じた、自分のミスでもある。
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