不器用な彼氏
『…もう1回』
『は?』
『もう1回ちゃんと…して』

彼のシャツを掴んだまま、とんでもないお願いを口にする。駐車場が暗くて良かった。今、私とんでもなく赤面してる。心臓もバクバク沸騰寸前だ。

『ずいぶん煽ってくれるな…』

彼のため息と共に、小さなつぶやきが耳に届く。

“カサッ”

落ち葉を踏む音がすぐ近くで響き、車に戻りかけていた彼が、目の前に立つ。
彼の左手が、すぐ横にある柵を握りしめ、右手はスッと私の髪に触れる。

“ドキッ”

右上からゆっくりと触れる彼の指先が、あまりに優し過ぎて、その手が私の耳に触れると、胸の奥の方がキュンとして、泣きそうになる。自分から言っておきながら、急に怖くなり、

『やっぱり私…』

と抵抗してみるが、

『もう遅ぇ』

次の瞬間、耳から頬を、彼の右手にすっぽり包まれ、そっと口づけされる。

『ん…』

遠くに聞こえる波の音。
あ…煙草の匂い?
ボーとする頭の中で、彼がいつも吸っているのを思い出す。

ほんの一瞬だったのか、10秒だったのか、それとももっと長かったのか…?
触れた時よりも、ずっとゆっくり離れると、そのままそっと抱きしめられる。

大きな腕の中、心地よい暖かさに包まれる。

『…カイ君、暖かくて気持ちいい…』
『それ、俺のセリフだ、アホ』

ガサツなイメージで、力加減を全く知らない彼が、存外優しく抱きしめてくれていることに、感動する。

本当はすごく優しい人。ずっとこうしていたいよ、カイ君…。
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