不器用な彼氏
『…おい』

突然、彼に小声で話しかけられて、ドキッとする。

『あ、はい?』
『別に俺につきあって、残ってる必要ねぇからな』

目線は、手元で整理しているファイルから全く動かさずに言う。すかさず『ごめん、邪魔だった?』と聞くと、『んなわけね~だろ』と彼。

いつものつっけんどんな物言いだけど、優しさを感じて思わず胸の奥が“きゅん”とする。

まだ数名残っている社員を見回し、誰もこちらに関心を示していないのを見計らい、それでも細心の注意を払って、彼にささやく。

『だって、今日最後だし…もう少しこうして一緒にいたいから…』
『バッ!』

バサバサバサ…!

彼が言葉にならない声を発したのと、ほぼ同時に、持っていた大量の書類を、床にバラまく。あまりに大音量だったからだろう。残っていた何人かが『大丈夫ですか?』と声をかけてくれる。

あわてて拾い集める彼の代わりに、『大丈夫です、お騒がせしてすみません』と謝った。

狭い通路にばらまいた大量の書類を二人でかき集めながら、小声で『どうしたの?急に』と問うと、彼は首元まで真っ赤にして

『お前が、変なこと言うからだろ!』

と叱られる。

『だって明日には3階、行っちゃうんでしょう?』
『バカ!そっちのことじゃねぇ』
『そっちって、どっちのことよ?』
『…自覚ないならもういい』

そう言うと、きょとんとする私をよそに、黙々と書類を集め、元のファイルに乱暴に押し込むと、再び引っ越しの整理を始める。

“もう!怒りんぼなんだから”

こういう時の彼は放っておくに限るということは、既に学習済みだ。

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