不器用な彼氏
『あれは…なんだ、いわゆる、吊り橋効果ってやつだ…』

動揺を隠せないカイ君…なんか可愛い。さすがにあの日のことまでは、否定しなかった。それまでただの同僚で、ほとんど会話もなかった私達が、あの嵐の夜に、初めてお互いの気持ちに気が付いたのだ。

…と、次の瞬間、急に胸に熱いものが込み上げてきて、唐突にハラハラと涙があふれてくる。

『おい、どうした??』

彼があわてふためく。

『あ、ごめん、何でもないの。大丈夫だから…』

自分でもよくわからない涙が次から次へとあふれてくる。不安?心配?それより、一番は離れてしまう寂しさなのだろうか?

若い女子ならともかく、いい歳して泣くなんて恥ずかしい。

“早く泣き止まなきゃ”と、自分の手のひらを額に当て、“止まれ!止まれ!”と暗示をかける。

“カタン”

椅子の滑る音がした次の瞬間、額に付いていた私の手首をつかまれる。触れられた手首ごと引っぱられ、気が付くと彼の胸元に頬がぶつかった。

いきなりだったので、緊張と恥ずかしさで一瞬何が起こったのかわからなくなったが、目の前に、作業用の制服の上に、いつも時間外に彼が着用しているグレーのフリース見えて、彼の胸もとに抱き寄せられていることを知る。

『…カ、カイ君?』
『悪ぃ…』

頭上からやわらかい彼の声が降ってくる。

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