不器用な彼氏
職場では、なかなか会えなくなってから、ひと月半。
いつの間にか、深夜、寝る前にする電話が日課のようになっていた。

『あゆゆ?』
『そうそう、女の子いるでしょ?デザイン課の可愛らしい子』
『知らねぇ。ってか、俺が若いきゃぴきゃぴ女、嫌いなの知ってるだろ?』
『あゆゆは、そんなきゃぴきゃぴしてないんだけどね…』

お風呂から出てすぐだった私は、髪をタオルで拭きながら話す。時刻は午後11時を過ぎようとしていた。

『それより、お前の方は、どうなんだ?』
『?どうって?』
『席替えしたんだろ』
『あ、うん。この前までのカイ君の席だから、カイ君になった気分よ』

軽口をたたく私に『アホか』と一喝。

職場の人事異動に合わせ、人数が減少したこともあり、席も新しくシャッフル。偶然にも私の席は、もともと彼が使っていたデスクを使うことになっていた。

『教育係の東が外れて、いよいよ独り立ちだな』
『うん。毎日ドキドキだよ』

ほんの少し間があり『…平気か?』と、彼。

『何?もしかして、心配してくれてるの?』
『んなわけねぇだろ?アホか!』

本日2回目の“アホか”が出たところで、思わず『クシュン』とくしゃみ。

『もう切るぞ』
『え?もう?』
『さっさと髪乾かして、寝ろ』
『は~い』

同じ年なのに、時々“お兄さん”ぶるカイ君。
冷たい言葉にも暖かさを感じながら『おやすみなさい』と電話を切る直前。

『おい』
『ん?』
『どうしても困ったら、俺んとこ来い』

そういうと、『じゃあな』と一方的に電話を切る。

“…もしかして、照れてる?”

私は、近くにあったクッションを抱きしめると、緩まる頬を抑えつつ、さっきまでつながっていた電話の相手に想いを寄せる
< 60 / 266 >

この作品をシェア

pagetop