不器用な彼氏
『遅くに悪りぃな。寝るとこだったか?』
『…ううん。私もカイ君に電話しようと思ってたとこだったの。カイ君は…何か用だった?』
『いや…別に用事はねぇ。ただ、今日、職場で会えてねぇから…』

いつも通り、察しろとばかりに、最後の言葉は濁された。続く言葉が、“声だけでも聴きたくて…”そうだったとしたら、どんなに嬉しいだろう。

『…うん』
『どうした?』
『え?』
『元気ねぇな』
『そ、そうかな?そんなことないよ?』
『仕事でポカでもしたか?』

努めて明るく聞いてくる。彼なりの気遣いなのかもしれない。どうしよう?聞きたい…でも聞きたくない。でも…?返事もせずに、迷っていると、さすがに様子がおかしいと思ったのか

『菜緒?』

珍しく名前で呼ばれ、“ドキッ”とする。

彼の尊敬する先輩と同じ名前だからなのか、『直さんを呼び捨てにしてるみてぇだから』という、くだらない理由で、あまり名前を呼んではくれないのに。

私は、迷いを吹っ切って

『今日…3階行ったんだけど…』

と、話し出す。
きっと、いつもみたいにあきれた声で『アホか』って、言ってくれるはず。そう信じて…
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