不器用な彼氏

『あぁ、あのファックス、お前が持ってきたんだ？』
『…カイ君、席にいなくて…』

昼間の焼き付いて離れない彼女の横顔を思い出す。

『…少し離れたところで、事務の女の子と何だか話してて…楽しそうに…』
『仕事上の話してただけだ』

すぐに抑揚のない返事が、返ってくる。

『総務課の子と？…仕事上の話なんてあるのかな？』

おもわず素朴な疑問を口にしたけれど、自分で想像していたよりも、冷たい言い方になってしまった。

『カイ君、気が付いていないかもしれないけど、あの子、カイ君の服に触れてたし…もしかしたら…』

彼が黙っているので、感情に任せて言うつもりのなかったことまで、あふれ出てしまう。

ハッと口をつぐむと、携帯の向こうから、沈黙を破り、冷ややかな声が言葉を発した。

『････何が言いたい？』

想像していた軽口と違って、冷たい怒りを含んだ声音。

『…ちょっと無防備すぎじゃないかな？』
『お前に関係ない』
『関係ないって…』
『いちいち女と話すのに、お前の許可が必要なのか？』
『そんなこと言ってない』
『じゃあ、なんだよ？』
『････』

矢継ぎ早に、怒りの含んだ言葉が放たれ、思わず口をつぐむ。今言葉を発したら、きっと声が震えてしまう。そうじゃない。そんなことを言いたいんじゃないのに…。

沈黙している受話器の先で、深いため息と同時に、小さな声で『めんどくせぇ』と、つぶやく声。

“めんどくさい？私が？”

何かが、私の中で崩壊する。ずっと我慢していた感情があふれだす。

『…か』
『あぁ？？何なんだよ？聞こえねぇ』

不機嫌な声で、聞き返される。私は一呼吸大きく息を吸って一言。

『カイ君のばか！』

言葉を発すると同時に、通話の切ボタンを押す。
途端に、現実に引き戻され、ベットの上でスマホを握りしめたまま、自室の静寂に包まれる。

“…言っちゃった…”

一瞬、すぐにかけなおして謝らなきゃと思い、もう一度スマホを持ち直すが、彼の携帯番号の表示を見つめて数秒後、小さなため息をついて、スマホを閉じる。

“…私は、悪くない…”