不器用な彼氏
『ど…どうも…』

仕方なく、空いた人一人分のスペースを、ゆっくりと進む…。足元には所狭しと置かれた段ボールなどがあり、それを避けながら足を進めるので歩きづらい。

…と、彼の前を通り過ぎようとしたその時、突然右手首を掴まれ、引っ張られる。

『え?』

抵抗するまもなく、あっという間に、彼の腕の中にすっぽり埋もれてしまう。訳も分からず抱きしめられ、

『カ…カイ君?』

抵抗を試みるが、思いのほか強い力で、振りほどくことができない。

『少しの間、じっとしてろ』

背の高い彼の声が頭上から聞こえて、思わず上を向こうと頭をもたげると、片方の手で頭を押さえられ、彼の胸に顔を押し付ける格好になり、当然、顔を見ることもできない。

『見るなよ…俺、今、結構テンパってるんだからな』

彼の見慣れた作業用の制服の上に、ぴたりと寄せる形になった耳には、まぎれもなく早音を打つ、彼の心拍が伝わってきて、彼の言葉が嘘ではないことを証明する。

『一度しか言わねぇから、黙って聞いとけ』

無言で頷くと、もう抵抗しないとわかったのか、壁にもたれたまま、右手はそのまま頭に添えられ、左手は、苦しいほどに強かった、抱きしめる力を緩めてくれる。

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