不器用な彼氏
誰が信じるだろう?いつも無愛想なこの人が、こんなも優しい顔で笑えるなんて。

彼女である私の特権のような気がして、胸がキュンとする。たまらず、彼の背中に自分の両手を巻き付け、ぎゅと、抱きしめた。

愛しくてたまらない、とでもいうように…。

『おいバカ、寄せ!』

いきなり抱きしめられて、慌てる彼。

『…もう、だめかと思った…』

泣きそうになるのを必死にこらえて、つぶやく。
彼は、あきらめたように一息つき、そんな私の頭にそっと触れると

『女に抱きしめられるなんて、母親以外、お前が初めてだ』

困ったようにまた笑う。

ふと、さっきの内容を思い出し、抱きしめる腕をそっと緩めると

『そういえば、さっきの東君の話って…あれ、何のこと?』
『あぁ、あれか』

カイ君から、東君の机の上にいつもあった、スタンド鏡の信じられない使い道を聞き、『まさかぁ、そんなわけないよ』と一笑する。

『もし万が一、本当に私を見ているのだとしても、TMの教育係として、私がちゃんと仕事できているか心配で見ているだけよ』
『そんなのわかんねぇだろ。だいたいお前はいい歳して、ちょっと隙がありすぎだ』

今度は本気で叱られる。
“いい歳して”は、余計だぞ、と思いながら、不謹慎にも、“心配されるのも悪くないな”…などと思ってしまう。

『ハイ、以後、気をつけます』

生返事して、もう一度彼の胸に、頬を擦り付ける。さっき早音を打っていた心音は、今やゆっくりとしたリズムで、穏やかに刻まれていた。
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