不器用な彼氏
『ちょっと!』
『…これってあれだろ?女子があこがれる、壁ドンってやつだろ?』
『もう!ふさけないで!』

彼の方に振り向こうとすると、そのまま扉に押し付けられてしまう。
背中に冷たい扉の感触が伝わってくる。

『俺がこんなことで、ふざけると思うか?』
『う…』

上目使いで彼を睨んでみるが、効果はナシ。

『そういえばこの前の続き、まだだったよな?』

この前…とは、彼が広域に内部異動する前日の、江守係長に邪魔された時のことを言っているようだった。

『…ま、前にも言ったけど、ここ職場…だよ?』
『知ってる』
『誰か来たら…』
『来ねぇよ…っていうか、いい加減お前、俺の気持ちを少しは察しろ』

万事休す。

彼はどこから情報を仕入れたのか、少女マンガのごとく、左手を軽く曲げてドアに手を付き、右手は私の耳元に添える。

何?このシチュエーションのせい?

彼とのキスは初めてじゃないのに、心臓が半端なく、うるさい。
私は、両手を胸の前で強く握りしめて、ぎゅと目をつぶる…と、

『プッなんだよ。そのガチガチ。中学生かよ』

急に彼が笑いだし、緊張の糸が切れたと同時に、恥ずかしさが込み上げてきて両手で顔を覆う。


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