夢がかなうまで
私が生まれたのは小さな漁港のある田舎町だった。
仕事といえば地元の役所関係で働くか、男の子ならば漁師になるしか仕事はなかった。若い人たちは高校を卒業すると次々に町を出て行った。
私が高校生だった時、すでに町は寂れていた。
私は東京の大学への進学を希望していた。けれど、親にはなるべくそれを言わないようにしていた。地元を出るといえば反対されるのはわかっていた。
「私、地元を出ようと思うんよ」
ある日、校舎の影で単語帳をめくっている私に日名子はそう言った。
私の手元が彼女の影で暗くなり、私は日の光の眩しさに目を細めながら顔を上げた。
「カヨもそう思うてるのやろ?いっつも勉強ばっかりしてるもん」
私は、誰にも自分の夢について話したことはなかった。
狭い町のことなので日名子とは小さいころからの顔見知りではあったが、華やかで美人の日名子と、地味で勉強くらいしかとりえのなかった私はクラスでも別のグループに属していた。
「大学に……行こうかなて思てるんよ」
女の子を大学にやることをお金の無駄遣いと考えるこの町の人々は、私の夢を笑うだろう。
日名子は私を笑うだろうか。しかし、彼女はきれいな目で空を見上げているだけで笑いはしなかった。
「カヨ、頭いいもんね」
「ヒナちゃんは?」
「私?私は芸能人になる」
私は頷いた。確かに日名子は生まれたときから他の子供とは違っていた。
「ほんにあの子は化粧要らずやて、結構なことや」と親たちが噂をしているのを何度も聞いた事がある。地元の男子はみんな日名子の関心を引こうと躍起になっていた。
彼女ほどの美人ならならきっと芸能人になれる。芸能界のことなど何も知らないくせに、私はなぜかそう確信した。