今度は逆に、俺から行くから。

休憩時間に、さりげなさを装って話しかける。

「久しぶり、楓」

「中井くん、帰って来たの先月? そんな時にもう研修?」

準備していたような明るい答えが来る。気づいてたんだな、さすがに。

今気づいたって顔を作ってるのがおかしくて、つい笑いそうになった。

どこかよそよそしい態度は想定内だ。営業原則1.焦って売り込まない、を適用して、しつこくは追わない。





単なる口実だった研修は意外と面白く、営業で使えそうな工夫がいくつもあった。

盛り上げ上手な講師が最後に『宿題』と言い出して、使える、と思う。それをネタに連絡をとれる。

「一週間以内に3つ、いつもと逆の行動をしてみてください。自分、仕事、パートナー、の3つがテーマです」

「パートナーがいない人は?」

さりげなく、俺は彼女がいないと楓にアピールするための質問。



「逆ってどういうことですか?」

楓も質問している。

「はっきりさせたいんですね。では、あえてはっきりさせないのがあなたの『逆』かもしれませんね」

と言われている。はっきりしない楓ね。別人だろ。

社内研修で同じグループになったときにも、ハキハキと言いたいことを言っていた。小さくて生意気で、俺に惚れたのがバレバレなかわいい奴だった。

俺はその時別れるか悩んでいた彼女がいて、積極的に誘ってくる楓を選ぶのにそう時間はかからなかった。


そういえば楓任せだったよな、付き合うのも別れるのも。

今度は俺から行く。それが俺の『逆』だ。よし。

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