塩顔男子とバツイチ女子



入居者の佐藤さんが部屋からいなくなったという連絡を受けて、急いで一階のロビーに降りた。部屋のトイレにもいない、共用のトイレにもいない…。危ない場所や職員専用の扉の施錠は電子ロックもかけているから職員以外は開けられないし。でも一階は出入りも多いし、誰かは気づくはず。

ちょうどデイサービスの送迎車が着いたところで、佐藤さんを見なかったかと聞いても誰も見ていなかった。療法室にもいないし、大浴場にもいなかった。
もしも送迎車が着く前、誰もいないロビーの自動ドアをくぐり抜けていたとしたら…。最悪の事態が頭を過ぎった時、PHSが鳴った。調理室からだった。


「市川です。はい…。本当にすみません。ちょうどロビーにいるのですぐ行きます」


連絡は栄養士さんからで、佐藤さんが調理室の前でまだ食事をしていないと騒いでいたらしい。走って行くと、栄養士さんが佐藤さんを宥めていた。


「佐藤さん、ちゃんと朝ご飯食べたでしょ。次はお昼ね。今作ってるから」

「そんなのどうでもいい!私は何も食べてないのよ。どうして何も食べさせてくれないの」

「佐藤さん!勝手にいなくなっちゃダメでしょ。みんな心配したんだから」


栄養士さんにすみませんと謝ってから、佐藤さんを引き取った。時々こういう行動があって、認知症は少しずつ進行してしまっている。


「あの女は嘘をついてる」

「佐藤さん、上に行きません?ボランティアの男の子達が来てるからちょっと賑やかなの。お部屋からお菓子持って来て食べたらどうですか。この前、娘さんが持って来てくれたやつ」


娘さん家族がこの近くに住んでいて、週2~3回くらい面会に来てくれている。特別な食事制限がある人を除いて間食は自由。だからこういう行動を起こしてしまった時に気持ちを鎮めるために、娘さんが手軽につまめる物を用意してくれている。
< 139 / 191 >

この作品をシェア

pagetop