塩顔男子とバツイチ女子
「大島さん、大丈夫?遅くなってごめんね」
大島さんは八十代の女性で、脳梗塞を患った事から左半身に麻痺が残っている。
コールを受けてから十分以上経ってしまった。
「気持ち悪くて」
「熱測った?」
大島さんはサイドテーブルを指さす。
高熱だ…。
「今、他の部屋に往診の先生が来てるからもうちょっと待ってね。また吐きそう?」
「大丈夫」
大島さんの体を起こして背中をさする。週末から体調を崩す人が続出していて、今日も数人が同じ症状で寝込んでいる。発熱と吐き気、それから腹痛。大島さんも胃腸炎かな…。
私たち職員も予防のためにマスクをして、嘔吐物の処理や掃除にも細心の注意をしているけれど。いつ誰が感染してもおかしくない。
「先に片付けちゃいますね」
窓を少し開けてから袋をしばってゴミ箱ごと廊下に出すと、胸ポケットに入れていたPHSが鳴った。病院で使われている物と同じ医療用のPHS。
「市川です。…山城さんの部屋?今、大島さんの所にいて。もうすぐ先生来るんで。大丈夫そうならちょっと待ってもらって下さい。診察終わったら行きます」
山城さんも週末から体調を崩してしまって、昨日から嘔吐が続いている。床が汚れてしまったらしい。すぐに行ってあげたいけど、優先順位となるとやっぱり自力で動く事が困難な人からになってしまう。
「なつみちゃん…吐きそう」
用意してきた蓋付きのバケツを持ってベッドに急ぐ。下痢が始まらないといいんだけど…。吐き気に腹痛まで重なったら可哀想だし、脱水症状も心配だ。
大島さんの背中をさすりながら、今日は帰れないかも知れないと覚悟した。