【短編】クラブ・ラグジュアリフロアで逢いましょう
話を聞くと、1階のロビーで休憩していた赤ちゃんが発熱したとのこと。ご両親は病院に行くほどではないからこのまま朝までロビーでいいと言っているが、そういうわけにもいかない。通常のフロアも満室、このラグジュアリフロアも満室。この雪では近場のホテルも満室だろう。スタッフは頭を悩ませていた。

「私の部屋を」

重なる声。それは隣にいる設楽さんと私の声だ。

「でも君が部屋を提供したら君はどこで」
「私がロビーで寝る。体力には自信があるもの」
「だったら僕が」

そんな小競り合いをして。

「じゃあ、僕の部屋に君も泊まる? もちろん君さえ良ければだけど」
「でも」
「もちろん僕は紳士です。襲いません」
「私も淑女だし」

ふたりでうなずき、ほほ笑んだ。


*−*−*

荷物をまとめて彼の部屋に移動した。彼の部屋もスイートだったが、若干作りが異なっていた。ベッドが並ぶ寝室のほかに6畳の和室がある。お茶を楽しめるようにと設定された部屋らしい。

「僕は和室で休むから。君はベッドをつかって」
「ありがとう。そうする」
「じゃあ、バーに行こうか」

ふたりでプライベートバーに向かった。ホテルからのサービスだと、カクテルを1杯ごちそうになった。桜の木の一枚板というカウンター、キャンドルの炎、心地よいジャズの生演奏。夢心地だった。

「そういえば」
「そういえば?」
「下のロビーにもうひと家族、いなかったか?」

来たときの記憶をさぐる。私が見た家族連れは幼稚園か小学生のお子さんがいて、赤ちゃんはいなかった。ということは、もう一つ別の家族が……?

「いたと思います」
「どうしようか」
「そうですね」

私たちは再びうなずいた。


*−*−*

ロビーでカップ酒をあおり、毛布にくるまる。私たちは彼の部屋も別の家族連れに譲った。

「君も変わってるね」
「設楽さんこそ」

暖房もきいていて温かい。すでに眠っているひともいた。私たちは近くのコンビニでお酒とおつまみを買い、ロビーの隅で壁により掛かり飲んでいる。部屋を譲ると申し出たときにはホテルのスタッフも恐縮していたけれど、小さな子どもたちを見て遠慮もしてられないと思ったようだ。
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