悪役ヒロインは恋してる
「柚姫、部活行こうよ」

その日一日の授業が終わると、伶音くんから私に声をかけてくれた。

ここ数日の日課になっている。

このクラスに男子のバスケ部員はいないし、女子バスケ部員は私が牽制している為彼と仲良くなることは無い。

理沙は当然1歩引いている。

ターゲットオールクリア。

「どう、伶音くん。部活には慣れてきた?」

体育館への道を並んで歩きながら自然な会話を始める。

伶音くんは、私だけを視界に入れながら無邪気に微笑んだ。

「うん、やっぱり見知った顔があると緊張しなくていいね」

「見知った顔?」

取り巻きの調査によると、男子バスケ部には伶音くんと同じ中学から来た子は居ないはずだ。

首をかしげていると、彼は私の顔を見て噴き出した。

「柚姫のことだよ」

一瞬、全身の筋肉が硬直した。

そしてゆっくりと顔に熱が集まっていくのがわかる。

思わず私は俯いて、自分のつま先を凝視し始めた。

「れ、伶音くん……」

うまく回らない口で辛うじて彼の名前を口にする。

何も意識なんてしてないくせに、こんなに私をドキドキさせるなんて。

ずるい。

「俺ね、感謝してるんだ」

変わらぬしっかりとした足取りで歩みながら、伶音くんは話し出す。

「柚姫が入学式に声を掛けてくれて、すぐ友達になってくれて、偶然同じ部活で。だから、はじめからリラックス出来てたと思う」

友達、という響きに少しだけ胸の奥が疼いた。

私は、何となくだけど、彼を友達とは認識していない。

クラスメイトで、同じ部活の部員。

だけど、友達とは少し違う。

ーーーーすきなひと

友達かと問われれば頷くけれど、明確に何かが違う。

自分から彼を友達と称することは無いだろう。

だから、少しだけ、彼と私の想いの違いが苦しかった。

自分が彼のことを好きなら彼も私を好きだなんて、そんなのはありえないことだとわかっている。

だけど、わかっていても辛かった。

彼の言葉は、既に私の存在が彼の中で大きくなりつつあるという証明に他ならない。

それなのに、欲が出てしまう。

欲張らなければ、満足していられるのに。

彼の言葉に喜びを感じられるはずなのに。

だから、この気持ちは自分の中だけにしまっておく。

きっとそれが一番正しいはずだから。

「そう思ってくれたならよかったわ。私も、伶音くんが居てくれて毎日がとても楽しいもの」

伶音くんの言葉より、ちょっとだけ想いを込めて。

無難な言葉で、会話を終わらせた。
< 10 / 31 >

この作品をシェア

pagetop