悪役ヒロインは恋してる
その後、私は伶音くんに連れられて近場の喫茶店に足を踏み入れた。

おしゃれな雰囲気の店で、チェーン店ではあるが学生にはかなり敷居の高い店だそうだ。

とはいえ、私にとっては慣れた空気。

前回のファーストフード店とは違ってリラックスして席についた。

「このお店、素敵ね。静かだし」

店内を見渡しながらポツリと述べる。

客層も年配の方が多いようだ。

「気に入った? よかったあ」

私の言葉に、伶音くんは嬉しそうに笑った。

「こないだは落ち着かないみたいだったから。どういう店なら柚姫に合うのかなって、ちょっと調べたんだよね」

「え、調べたの? 私のために?」

何のこともない様に話す彼の一言で、私の胸は高鳴る。

どうして伶音くんは、いつもいつも、こんなにも私をときめかせるのだろう。

「うん、女の子とこんな風に過ごしたことなかったし、ちょっと張り切っちゃったんだよね。てか、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。俺、はずかしーっ」

その言葉を聞いて、私は一人で納得していた。

確か、伶音くんの中学時代、裏で女子が不可侵協定を結んでいたのだったか。

当然、彼とこうして二人で出かけるなんて子がいたら袋叩きだろうし、許されなかったのだろう。

私は胸の内で馬鹿な協定を結んでいた女の子たちに感謝しながら、ひっそりと優越感に浸った。

「それで、次の試験の範囲よね。私、先輩から譲って頂いたノートをちょうど今持っていて」

鞄から取り出したのは、女子バスケ部部長、千葉春乃先輩から譲り受けたノートだ。

これは、去年までの試験の過去問と要点が細かくまとめられているもので、先輩から先輩へと受け継がれて来たのだそうだ。

あれ以来私は春乃先輩にいたく気に入られてしまったのだ。

何度か家にお招きした程だ。

もちろん私も先輩のお宅にお邪魔して、かつて睨みをきかせた千葉冬希を震え上がらせたりもした。

ゴールデンウィークのことだ。

「うわ、何このノート……凄いよ、何年分のデータが詰まってるの?」

「十年分よ。バスケ部の女子の中だけで流通してきた門外不出の代物だそうなの」

自慢げに言うと、伶音くんは目を丸くした。

「門外不出? 俺に見せてよかったの?」

「ええ、所持しているのが女子部員で、バスケ部以外の子に見せさえしなければね」

これは春乃先輩の談だ。

曰く、彼女はこのノートを現男子部長に見せて共に勉強したことで、今では交際するに至っているらしい。

このノートで伶音くんとの仲を発展させるように、とのお達しを受け、これを頂いたのだ。

それがこんなにも早く活躍するとは。

「それで、まず英語なんだけどね。文法自体は中学英語なのだけれどーーーー」

こうして、私たち2人だけの勉強会が始まった。
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