悪役ヒロインは恋してる
「なるほどね、長文の中に複数の文法を複雑に組み合わせた文章がーーーー」

「基本的に試験時間は100分で、この長文を全訳するのが全てみたいよ」

「文法は完全に中学英語のみ?」

「ええ、だけどかなり難化されているみたい。それに、春休みの課題として出された単語も出ていてーーーー」

私たちは一つのノートを覗き込みながら対策を練っていた。

「とりあえず中学英語も課題も復習する必要は無いから、とにかく過去問を解きまくろう」

「時間が足りないわね」

「いや、過去に不正解が多かったポイントだけを抑えよう」

伶音くんは、少ない時間で可能な限り多くの点をとる方法を真剣に検討していた。

私も、自分が学習に使ったノートを提示する。

「そういえば、私も過去問を解いてみたのだけれど、やっぱり先輩方が躓いたのと同じ所が不正解になることが多くて」

小さいノートを、2人で額を突き合わせながら真剣に見つめる。

あまりにも距離が近くて、ふわりと伶音くんの方から甘い香りがしたのに気がついた。

柔らかくて、暖かい、優しい気持ちになる香り。

男の子の香りをこんな風に感じたのなんて初めてで、それは私にとってあまりにも刺激的だった。

脳が沸騰するような熱に浮かされる。

英文とか、文法とか、さっきまで考えていた小難しい事は全てその熱に溶かされて。

頭の中は、目の前の男の子と、その不思議で暖かい香りでいっぱいになる。

「柚姫? どうしたの?」

「え!? ううん、なんでもない……」

気づけばぼんやりとした私を、伶音くんが心配そうに覗き込んでいた。

「なんだか顔も赤いみたい。もしかして体調悪い?」

明るい茶色の瞳いっぱいに、情けない顔をした私が映っている。

伶音くんが、私だけを見ている。

「なんともないのよ。元気だから、心配しないで」

慌てて笑顔を作るが、不安そうな伶音くんの表情は変わらなかった。

「ホントに? 明日試験なんだから、俺のために無理なんてしないでよ?」

私を気遣う彼の優しさが、ただ嬉しかった。

「大丈夫だから。もう時間が無いもの、早く勉強しなくちゃ」

ニッコリと微笑んでみせる。

「柚姫がそこまで言うなら、いいんだけど……」

若干不満そうな顔をしつつも、伶音くんは引き下がった。
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