悪役ヒロインは恋してる
ものの数分で、6人が集まった。

今はまだこんなものだろう。

私は簡単に事情を説明すると、彼女らを後ろに引き連れて、中野くんの周りに集まる女子へと向かっていった。

彼女達は甲高い声を上げながら、少しでも彼の近くへ寄ろうとお互いに競い合っている。

その中心の中野くんは少しだけ困った表情を浮かべながらも、話しかけてくる女子みんなに、分け隔てなく対応している。

そして男子や大人しそうな女子は、それを遠巻きに眺めていた。

「ちょっと、あんた達どきなさいよ」

理沙がよく通る声で一喝すると、あれだけ騒がしかった女子がいっせいに口を閉ざして胡乱気な目を向けてくる。

「犬みたいにギャンギャン吠えて、うるさいのよ。教室の真ん中に集まって、邪魔だから」

嫌味をきかせた一言を言い放つと、女子達の目が一斉に攻撃的な色を帯びた。

「はあ? なんだよあんた、偉そうに」

「なんか文句あるー?」

「中野くんに話しかけられないからって、僻んでんじゃねーよ」

先程まで中野くんを中心に競い合っていた彼女らは、一瞬にして結託してこちらに牙を向き始めた。

とはいえ、こちらも集団だ。

そして私は長年女子の頂点を極めてきたのだ。

少しも恐怖は感じない。

そしてこれは、ただの喧嘩ではない。

力で押し勝っても、中野くんへの覚えはめでたくはないだろう。

入学初日の今日が、印象づけに最も大切なのだ。

「邪魔だからどけって言ってるのがーーーー」

声を荒らげ、同じ言葉を繰り返そうとする理沙を手で押しとどめる。

すかさず口を閉ざす彼女の前に一歩出ると、務めて落ち着いた表情を作り、言った。

「あなた達、周りを見てご覧なさい。みんなが困っているのがわからないの? 周囲を顧みないで自分勝手に騒ぐのはやめなさい。恥ずかしくないのかしら。彼だって、そんなことは望んでいないでしょうに」

すると、中野くんのファン達はチラチラと彼を見ながら大人しく俯いた。

「私、そんなつもりじゃ」

「あの、中野くん、ごめんね」

あれほど敵意を向けられていたのが嘘のようだ。

私は周りが静かになったところで満足し、そして本命の中野君に声をかけようとすると。

「ごめんね、気を使わせてしまって」

騒ぎの中心にいた中野くんが立ち上がり、こちらへ向かってくる。

「俺がもう少し注意すべきだったんだよね。ありがとう」

先に話しかけてきたのは、彼の方だった。

私は支離滅裂な言葉を発してしまいそうになるのを必死に抑え、余裕がある振りをした。

「いいえ、構わないわ。彼女達に気を使っていたのでしょう。でも初日からこれでは落ち着かないもの。私は静かな高校生活を送りたいのよ」

中野くんはキラキラした目を私に向けてきた。

その深い瞳に吸い込まれそうになる。

「そうだよね、はっきり言ってくれてありがとう。俺は中野伶音。これからよろしくね」

まさか彼の方から名乗ってくれるとは思わず、予想外のことに胸が高なった。

必死に平静を装う。

私だけに向けられた人懐っこい笑顔に、心臓が苦しくなった。

「私は阿佐ヶ谷柚姫。こちらこそよろしく」

少しだけ欲を出して、手を差し伸べてみた。

空振りに終わったらどうしよう、と一瞬だけ不安になるけど、中野くんは何の疑問も持たずにその手を握ってくれる。

その光景に、先程まで大人しくしていた女子たちが再び騒ぎ出した。

「ちょっと、1人だけ中野くんと握手するなんて」

「ずるいよ、あんたーーーー」

それを、理沙が睨みつけて制する。

そんな彼女に安心感を覚えながら、私はもう少しだけ欲張ってみる。

ここで他の子たちと差をつけるのも目的だ。

「中野くん、もし良ければ柚姫って呼んでくださる?」

出来るだけ女の子らしく、愛嬌のある微笑みを意識して笑いかけた。

この美貌は私の最強の武器だ。

狙い通り、中野くんは少しだけ頬を染めて照れている。

私は勝利を確信していた。

「いいよ、じゃあ俺は柚姫って呼ぶ」

素直に微笑みを浮かべた彼に、ギャラリーは悲鳴をあげた。
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