ここで彼女は夢を見る
始まりの場所、夢の原点。
「じゃあずっと結婚式はここでやるって決めてたんだ?一途だねえ」
 整った顔に人の悪い笑みを浮かべながら言う吉野祐介に、早瀬美和子は真顔で頷いた。
「そう。二十年前からずっと憧れなんです」

 まだ美和子が幼稚園児で、家族でホテルのレストランに食事に来た日。ロビーの中央に位置する吹き抜けの大階段で前撮りをしている新郎新婦がいた。濃紺の段差を優美に流れ落ちるヴェールと長いトレーン。人の姿が絵になるというのを美和子はその時初めて知った。同じ地続きの空間なのにそこだけが別世界だった。夢中で見つめ続けて全く動かず、移動するのが大変だったらしい。
 あの時から、いつか結婚する時はこのホテルでというのが美和子の夢になった。大人になった今までずっと抱き続けてきた憧れだ。

「どう?今こうしてドレスを着てこの場所にいる感想は」
「……緊張してます……どういう風に見えるかとか上手く歩けるかとか、そんな事ばっかり考えちゃって」
「だーいじょうぶ。今日の俺の奥さん超美人だし可愛いよ。そのドレスも似合ってる。もし転びかけても俺がフォローしてやるから」
「何言ってんですか、もう」
 調子の良過ぎる台詞に呆れながらも、祐介のこの雰囲気に今日の美和子は大分救われている。思い入れのせいか緊張がいつもより増しているので、彼が相手で良かったとつくづく思う。

「すみません、そろそろお時間です」
「だってさ」
 スタッフの声に笑みを引っ込めて立ち上がった祐介が、美和子の前まで来て手を差し出す。軽いお調子者だが、ロングタキシードを着てそんな仕草をする祐介は王子様然としていて格好良かった。

「さて、行きますか奥さん。俺達の式を挙げに」
「……模擬挙式、ですけどね?」
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