ここで彼女は夢を見る
「いいなあ、ドレス……ホテルはお城みたいで、お婿さん王子様みたいだし。みぃもこんなお嫁さんになりたい」
 うっとりとホテルの内装や美和子の着ているドレスを見つめる視線。
 ────ああ、この子は私だ。
 そう思った。幼いあの日、ここで出会った花嫁を見つめる美和子の眼も彼女と同じ様にキラキラと輝いていたに違いない。

「みぃちゃん、行くよー」
 名前を呼ばれた女の子は照れ臭そうに笑って小さく手を振ると、母親の元に駆け戻って行った。
「美和子ちゃんもあんな感じだったのかな」
 ぽつりと祐介が言った言葉がやけに響く。
 もうすぐ憧れの場所で結婚できるかもしれないというのに今の美和子はあの眼をしていない。それが自分でも分かるのが辛かった。

* * *

 模擬披露宴の入場の為、会場の扉の前に立つと扉の向こうから微かにスタッフが説明している声が聞こえていた。

「さあどうする?これを本当に早瀬美和子最後のランウェイにしちゃう?」
「え?」
 隣を見上げると、思った以上に真面目な顔をした祐介と眼が合った。
「思い出の場所で憧れの花嫁を演じて引退、っていうのは綺麗な終わり方ではあるけどね」
 側にいた式場スタッフは二人の会話を聞いて怪訝そうな顔をしたけれど、口は挟まないでいてくれた。
「俺がどうこう言える事じゃないけど、確かに綺麗に幕を引いた方が傷も浅くて済むかもしれないな」

 これ以上、自分に才能がないと実感させられるのが嫌だった。だから更に傷つく前にこの仕事から離れようと思ったのも、美和子が引退を決めた理由の一つだ。祐介の言葉はそれを正確に見抜いている。
「……私は……」
 何を言えばいいか迷っていたら、入場の音楽が聞こえ始めた。
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