ここで彼女は夢を見る
「じゃ、有終の美を飾りに行くとしますか。ほら、笑って」
 祐介が差し出した腕に片手を添える。美和子は少し指先が震えているのに彼の腕は少しもぶれず、何だか頼もしかった。

「扉、開きます!」
 両サイドに立つスタッフが扉を一気に大きく開く。中から射すスポットライトが、祐介と美和子を浮かび上がらせた。
 キャンドルの炎に照らされた見学客の表情が目に飛び込んでくる。こちらを見つめ、興奮した様に拍手する女性に感心した様に頷く男性。その中に先程の少女と同じ輝いた眼をいくつも見た。

「素敵!もう、絶対ここで式挙げる!」
 横を通り過ぎたテーブルで、熱心な口調で恋人に訴えかける声が聞こえる。
 祐介と美和子演じているのは偽物の新郎新婦だ。けれど二人の姿にここでの挙式の理想を夢見る人がいる。あの日美和子が撮影中の新郎新婦を見て憧れたのと同じ様に。

 「充分誰かの心を揺さぶってる」と言ってくれた祐介の言葉を思い出す。少しずつ身体の奥が熱くなって、その熱がじわじわと広がって行く。この感覚が好きでずっと仕事を続けてきた。

 本当は辞めたくなんかない。小さな仕事しかなくても、こうして見た人の心に影響を与えられる限りは続けていたい。
 自分の本心を自覚した瞬間に、すっと肩が軽くなるのを感じた。
 笑顔で高砂に向かって歩きながら、美和子は一つの決意を固めていた。

* * *

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