鈴蘭の秘め事
名簿の端から端まで探しても”鈴木蘭子”という名は見当たらなかった。
それどころか、蘭子という名さえ見つからなかった。
”鈴木蘭子”はこの学校の生徒ではないのだろうか。
「佐野〜、まだ居たのか」
怠そうな担任の声が聞こえ、後ろを振り返ると窓の外は真っ暗だった。
自分が”鈴木蘭子”を探すことに夢中になっていたことに気がつく。
「先生、”鈴木蘭子”って知ってる?」
「鈴木、蘭子?」
担任は、天井を見上げて暫く様々な生徒を思い浮かべていた様子だったが結局”鈴木蘭子”は浮かんでこなかったらしく、ごめんと一言、俺に告げた。
「またラブレターか?」
「いや、鈴木蘭子が未来の自分にあてた手紙が何の間違いか分からないけど、俺の下駄箱に入ってて」
「なるほどな」
「ああ、どうしよう」
本当に困った、そう思った。
「落し物で職員室で預かる事になれば何れ捨てられてしまうからな、佐野が持ってるべきだな」
担任が言う通り、もしこの手紙が捨てられてしまったらと思うくらいこの手紙は俺にとっても大切な物になっていた。
「しかし、人と人の巡り合わせはいつ落ちてくるか分からないな」
”鈴木蘭子”と俺は巡り会う事が出来るのだろうか。
「お前に欠けている何かをその手紙が一緒に探してくれるかもしれんな」
「欠けている?」
「そ、何かは教えてやらんがな」
俺の担任は生徒を見ていないようで見ているし、何も考えていないようで考えている、そういう人間だ。
しんと静まり返った、放課後の校舎にピアノの音色が響き渡った。
この学校には、芸術科があり、楽器を遅い時間まで練習している生徒も6人程度いつもいる。
「まだ残っている奴がいたのか〜、俺今日早く帰りたいんだよ」
「…きらきら星変奏曲」
「…佐野、お前ピアノ練習室行ってもう校舎閉めるって言ってきて」
「分かった」
本当に、俺の担任は見てないようで見ている人間だ。