その恋、逃亡中。
「そう?誰にも見られなかった?」
「ああ、だけど、見られたって、別に困らないじゃん?」
「………………」
くるみは黙って、彼の顔を見返した。疑惑の気持ちを、それで表明したつもりだった。これまでの彼は、くるみの部屋に来ても、人に見られるのを極度に恐れていた。《たしかに、彼はどこか変だ》くるみの視線は、探るように、信二の横顔を撫でていた。《彼を変えたものは、何なのであろう》それは、昨夜のあの血と関係があるのだろうか。
しかし、信二はくるみの視線に気づかないらしい。依然として、新聞に眼を這わせている。