その恋、逃亡中。

5.

信二は朝食もとらずに、彼女の部屋を出て行った。前夜、作った小さな包みを持ち出すことも忘れなかった。そして、ドアのところまで送り出したくるみに向かい、

「ゆうべのこと、くれぐれも頼むよ」

と言った。

「うん、でも……」

「詳しいことは、そのうち話すよ。いや、僕が話さなくても分かってしまうかもね……」

彼の眼に、一種の寂しさがあった。向き合ったまま、くるみの眼を見つめていた。

「電話してもいい?」

「うん、だけど……」

と言って、彼は二、三秒考えた。眼の間に、たてじわが寄った。「まぁいいや。その前に、僕のほうから電話をするかもだけど」

彼はそのまま、ドアを閉めて出て行った。


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