その恋、逃亡中。

信二を送り出したあと、窓から、彼の姿を眺めるのが、くるみは好きであった。彼も、くるみのその癖を知っていて、必ず振り返って手を振る。それが二人の習慣だった。

だが、この朝の信二は、アパートから出ると、せいいっぱいの大股で、人通りのまだ少ない道を去って行った。例の小包を脇に抱え、一度も、うしろを振り向こうとはしなかった。

だれかに追いかけられているみたいだと、くるみはカーテンの隙間から、下を見下ろしながら思った。たしかに、信二の歩き方は、何者かから逃げようとしている人のそれであった。

そのあとすぐ、くるみは新聞を拡げた。いつも真っ先に見る連載小説はあと回しにして、社会面に目を通した。信二の興味をひいていた記事が、何であったかを、探りたかったからだった。その記事がわかれば、前夜来の、彼の行動の異常さが、理解できるかもしれない。そんな期待も持っていた。


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