その恋、逃亡中。
「知人ねぇ…。失礼ですが、住所とお名前を教えてください」
「えぇ、どうしてですか?」
「いや、ちょっと用があるんです。彼の立ち回りそうなところを、一応、チェックしておく必要があるもので……」
「立ち回ると言いますと?」
真っ赤な血の色が、彼女の胸に蘇った。
『立ち回る』という、特殊な言い回しが、その血の色と結びついた。受話器を持つ手が、震えてきた。
「ちょっと待ってください」
相手の言葉は、そこで途切れた。声ばかりでなく、すべてが聞こえなくなった。受話器に手をあてがっているらしい。
やがて、相手は性急な口調で言った。
「もし、もし、いま、あなたは、どちらにいらっしゃるのですか?いろいろ霜村君の裏面の生活などについてお聞きしたいのですが……」
「失礼します」
くるみは電話を切った。膝に力がなくなっていた。