浅葱色の妖
「あっ」
そういえばそうかもしれない。
頭に血が上ってかっとなっているうちに敬語を使うのを忘れていた。
どうやら私は敬語をまだまだ使い慣れていなかったようだ。
この人に敬意を払う必要がないような気がしたというのも一理ある。
というか、その理由が一番だろう。
「ほらよ、今日の着物だ。まさか昨日と同じ着物を着ようとしてた訳じゃあるめえ」
土方さんは灰色の着物を投げてよこした。
女物の着物を貸してくれたのかとちょっと期待したけれど、例のごとく着物は男物だった。
そのまさかなんですけれども…。
「仕方ねぇな、頑なに出てけって言われちまったら出て行くしかねぇか」
私が手の届かない位置にある着物を見つめていると、つまらなそうな舌打ちが降る。
「当たり前じゃないですか」
ひと息ついて落ち着いた私の口からはいつものように敬語が出た。
「あ、それから」
襖を閉めかけた土方さんが何かを思い出したように動きを止める。
「昼餉の用意があるんだから早く支度しろよ」
そう言って襖を閉めた。
昼餉?
朝餉じゃなくて?
昼?
もしかして、と嫌な予感がした私は全速力で着物を着替えてお春さんのいる台所へと向かった。