副社長は甘くて強引
初めてのデート、初めてのキス、初めてのケンカ、そして陽斗と付き合って初めて迎えた誕生日……。
「本当に? でも指輪……」
佐川の指摘通り、私の右手薬指には陽斗からもらったペリドットの指輪が光っている。お揃いのマグカップも歯ブラシも、捨てることにためらいはなかった。けれど……。
「まだ、はずせなくて……」
指輪をはずすことなんか物を捨てるよりも簡単なはず。それなのに、陽斗からもらった指輪をはずすことができない。
「大橋、元カレと別れたこと、後悔しているんだな」
第三者である佐川に言われて、ようやく気づく。いつまで経っても気持ちが晴れないのは、未練なんだ、と……。
「……そうみたい」
陽斗への思いを認めた途端、視界がユラユラと揺らめきだす。
「泣いていいぞ。そのための個室なんだから」
まるで私が泣くことを想定していたような佐川の言葉に驚き、その優しさが胸に染み入る。
「ずっと泣くのを我慢していたの」
今まで誰にも言えなかった思いを佐川に打ち明ける。
「そうか」
「うん」
泣いて陽斗を困らせることはしたくなかった。だから別れることをあっさりと承諾した。でも陽斗のことなどかまわずに、泣きわめいてスッキリすればよかった。
今さらそんなことを思う。
お鍋に入れた野菜はもう食べごろだろう。そして霜降り牛もまだたくさん残っている。でも食欲はもうない。
適度に相づちを打つ佐川の優しさに甘えた私は、涙が枯れるまで泣き続けた。