副社長は甘くて強引

「到着だ」

「えっ、ここって……」

 副社長は戸惑う私を無視したまま、運転席から外に出る。そして助手席に回り込んでドアを開けると、私に手を差し出した。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 エスコートに従い、彼の手に自分の手を重ねる。副社長の手は大きくて厚みがあり、そして温かい。

 副社長は女性の扱いに慣れているとわかっている。それなのに彼の体温を感じただけで、鼓動が勝手に跳ね上がってしまう。

 この感情は恋じゃない。副社長の紳士的な振る舞いを前に、気分が舞い上がっているだけだ。

 自分にそう言い聞かせながら、彼の手を借りて車から降りた。

 私が連れてこられたのは、ハートジュエリー横浜店。レンガ造りの外壁にアーチ状のガラス窓。西洋的な建物の横浜店は、異国情緒漂うこの街にとてもマッチしている。

 ガラス戸の両開きドアを副社長が手で押さえてくれる中、ショップに入る。シャンデリアが輝く吹き抜けの店内、ブラウンで統一された内装。東京本店よりもひと回り小さい横浜店は落ち着いた雰囲気があり、居心地がいい。

「いらっしゃいませ。副社長、お待ちしておりました」

 来店した私たちを、女性スタッフが迎えてくれる。

「遅くなってすまない」

「いいえ」

 ふたりのやりとりを一歩下がって聞いていると、副社長が女性スタッフを紹介してくれた。

「彼女は横浜店チーフの田中。販売成績は全店で常にトップ。自慢のスタッフだ」

 黒髪のショートボブスタイルにスレンダーな体型の田中チーフが、私に微笑みかけてくれる。

< 41 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop