副社長は甘くて強引
「いらっしゃいませ。はじめまして。田中です」
「こ、こんにちは。大橋です」
田中チーフの華やかな実績とは対照的な自分が情けない。顔は引きつり、背中が丸まり、挨拶もきちんと返せなかった。
「俺は店長と話をしてくる。田中、あとはよろしく頼む」
「はい」
副社長はあっという間に横浜店のバッグヤードに姿を消してしまう。
田中チーフは私のことを、彼からどのように聞いているのだろう。それに、どうして横浜店に連れてこられたのかいまだに謎のままだ。
「あの私、副社長からなにも聞いてなくて……」
戸惑いつつも田中チーフに尋ねると、猫のような彼女の丸い瞳が大きくなる。
「あら、そうなんですか? 私はあなたに似合うルビーの指輪を選んでくれと、副社長に頼まれたんですよ」
初めて聞く話に驚き、思わず大きな声をあげてしまう。
「私に似合う指輪を?」
「ええ、そうです。どうやらサプライズだったようね」
「……そうみたいですね」
元カレの陽斗からもらったペリドットの指輪を私に返せば済むことなのに、どうしてサプライズを?
副社長の考えがわからない。
「早速だけど、このルビーの指輪はどうでしょう」
田中チーフはショーケースの鍵を開けると、ダイヤモンドとルビーが交互に配置された秋限定デザインの指輪に手を伸ばす。
「そんな高価な指輪をプレゼントしてもらうわけにはいきません」
ハートジュエリー東京本店の販売スタッフである私は、その指輪の値段も何カラットなのかも、素材がプラチナだということも知っている。だからこそ、遠慮の言葉が口から出てしまうのだ。