副社長は甘くて強引
ハートジュエリー横浜店を後にして、東京に戻ると思っていた私の予想は見事にはずれた。
副社長が車を走らせてたどり着いたのは、横浜の山手にあるフレンチレストラン。海を渡る横浜ベイブリッジ、みなとみらいのシンボルである観覧車とランドマークタワー。港町横浜の景色が一望できる。けれど今は、光り輝く横浜の夜景を素直に楽しむ気分にはなれなかった。
「フォーエバーハートか」
フレンチ料理の前菜であるサーモンのジュレを口に運びつつ、副社長がつぶやく。
フォーエバーハートシリーズは、宝石のカラットやプラチナやゴールドなどの素材の組み合わせで、値段が大きく変わる商品だ。
田中チーフにすすめられたのは、一カラットのルビーとプラチナ素材の指輪。
「あの、副社長。一度には無理ですけど、毎月少しずつ返済させてください」
「また、その話? 食事中に金の話はしないでほしいな。せっかくの料理がまずくなる」
副社長の眉間にシワが寄る。彼がそう言うのも無理はない。このレストランに来る車中でも、私は同じ話をした。けれど副社長は「金のことは気にしないでくれ」と言うばかり。
「でも指輪だけじゃなくて、今日はサロンに連れていってもらったし、このドレスだって高価だと思うし……」
こんな贅沢な一日を過ごしたのは生まれて初めて。それに副社長とは親しい間柄ではないし、代金を気にしてしまうのは仕方ない。
しつこいほど食い下がる私に、彼の冷ややかな視線が向けられる。
「キミは変わった女だな」
「はい?」
副社長は前菜を味わっていた手を止める。そしてナイフとフォークを置いた。