副社長は甘くて強引

「……ありがとうございます」

 うつむきながらお礼を言うと、いつまでも前菜に手をつけない私のことを彼が気にかけてくれた。

「キミはサーモンが苦手かな?」

「いえ」

「それなら遠慮せずに早く食べて」

「……はい」

 本格的なフレンチ料理を食べるのは、学生時代の友人である千里の結婚式以来。ナイフとフォークを手にすると、サーモンのジュレを口に運ぶ。

「ん! おいしい」

 子どもっぽい反応をする私を副社長が笑う。下がった目じりと白い歯。間近で見る彼の笑顔はやはりかっこいい。

「おいしいと素直に言ってくれると、ごちそうしてよかったと思える。だから指輪もありがとうと素直に言ってくれれば、それでいい」

 彼が求めているのは代金の支払いではなく、ごくシンプルで明快な言葉。だったらもう、いろいろと気にするのはやめよう。

 素直にそう思えた。

「副社長、今日はありがとうございました」

 感謝の思いを込めて言葉を紡ぐ。

「ああ。でも今日はまだ終わりではないけどね」

「そうですね」

 まだディナーは始まったばかり。前菜を食べ終わるとタイミングよくプレートが下げられる。ほどなくして運ばれてきたサラダにスープとパンはどれもおいしそうで、この後のメインディッシュに期待が膨らんだ。

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