副社長は甘くて強引
副社長が運転する車が夜の高速道路を疾走する。家を出たときとはまるで別人になったような自分の姿が、助手席の窓に映り込む。
夜の十二時を過ぎたらシンデレラのように魔法が解けてしたりして……。
そんなことをボンヤリと考えていると、バッグの中のスマートフォンが音を立てた。着信相手は同期の佐川だ。
運転してもらっている横で話をするのは、なんとなく気が引ける。けれど着信は気になる。
「あの、出てもいいですか?」
「ああ、かまわない」
「すみません」
恐縮しつつ通話ボタンを押す。
「もしもし、佐川?」
『大橋、今大丈夫?』
「少しなら」
佐川の話に耳を傾ける。
『もしかして、まだ副社長と一緒にいるの?』
「うん。今、家に送ってもらっている途中。それで用事は?」
話を急かしてしまうのは、佐川との会話を楽しむ気分じゃないから。運転席の副社長のことが、どうしても気になってしまう。
『あのさ……副社長に変なことされなかった?』
サロンに連れていかれ、ドレスに着替え、フォーエバーハートのルビーの指輪をもらい、フレンチ料理をごちそうしてもらった。
私にとってこれらの出来事は十分〝変なこと〟だ。でも佐川が気にしている〝変なこと〟は起きていないし、起きようがない。だって副社長は私にクビ宣告つきの社員教育をしただけだから。
「なにもないよ。大丈夫」
『そっか。安心した』
佐川の安堵する声が、スマートフォン越しに聞こえる。必要以上に私を心配してくれる佐川の優しさはうれしい。でも副社長に私たちの会話が筒抜けのようで、気が気でない。