副社長は甘くて強引
「なにがおかしい」
「いえ、別に」
込み上げてくる笑いを堪えていると、交差点の信号が赤になった。足を止めた副社長の隣に並ぶ。
「身なりは合格だな」
「はい?」
「先週の普段着姿とは違い、今日のキミはとてもチャーミングだ。よく似合っている」
今日の服装はベージュと赤のチェックのワンピース。その上にノーカラージャケットを羽織っている。
私を見つめる彼のまなざしが恥ずかしい。
「あ、ありがとうございます」
しどろもどりになりつつお礼を言う。
私の都合も聞かずに食事に行くことを強引に決めたかと思うと、瞳を細めて褒め言葉を口にする。
そのギャップに戸惑っていると、遠くから彼の声が聞こえた。
「いつまでそうしているつもりかな?」
「へ?」
「早く渡らないと信号がまた赤になるぞ」
どうやら私は、信号が青に変わっていることにも気づかずに、ひとり呆けていたようだ。
「あっ、すみません」
慌てながら駆け出した私に、副社長の左手が差し出される。
「キミは歩くのが遅いな。ほら」
「えっ?」
これって手を重ねろって意味? でも……。
どうしたらいいのかわからずに戸惑っていると、副社長が大きなため息をついた。
「行くぞ」
「……あっ」
抵抗する間もなく、副社長に右手を握られてしまう。彼の手は大きくて温かい。ますます鼓動が早鐘を打つ中、副社長に手を引かれながら交差点を渡った。