副社長は甘くて強引
鈴木チーフと別れると三階のミーティングルームに向かう。デスクの上にはすでに発送準備が整った、ほかの販売スタッフのダイレクトメールが箱の中に入っている。
みんな、きちんと仕事しているな。
そんなあたり前のことに感心しながら作業に取りかかる。
佐藤様には、三ヶ月前にパールのネックレスを購入していただいたお礼を書く。久しく足が遠のいている山田様には来店を待ち望んでいることを書き添える。
お客様の顔と購入していただいた商品を思い浮かべながら作業に没頭すること二時間、背後のドアが開く。
「お、がんばってるね。偉い、偉い」
明るい声をあげながら姿を現したのは、佐川透(さがわ とおる)。私と同期入社で数少ない男性販売スタッフだ。佐川は振り返る私には目もくれず、隣の席に腰を下ろす。
「偉くないよ。売り上げが絶好調な佐川のほうが偉いよ」
先月の販売成績最下位の私とは違い、佐川は常に一位をキープしている。
「そうなんだよ。俺って偉いんだよなあ。ついさっきも三十万円のサファイアの指輪をお買い上げいただきました」
デスクに肘をついた佐川が自慢げに笑みを浮かべる。
いつもなら佐川の〝おふざけ〟に軽いツッコミを入れる。けれど今はそんな気分になれない。
「……そう。おめでと」
ため息交じりに言葉を吐き出す。すると佐川が私の顔を覗き込んできた。
「あのさ、もうちょっと感情込めて言ってほしいんだけど」
涼しげな切れ長の目にキリッと上がった眉、日に焼けた健康的な肌とツーブロックの髪型。どことなくワイルドな雰囲気がある佐川には、固定客がついている。