副社長は甘くて強引

 副社長に連れてこられたのはお寿司屋さん。店の入口には大きな水槽があり、名前も知らない魚が泳いでいる。

 あとわずかな命だということも知らないで、なんだかふびんだな……。

 そんなくだらないことを考えていると、着物姿の店員さんが私たちを個室に案内してくれた。イスに座るやいなや「女将、いつものを二人前」と、副社長がすばやくオーダーを済ませる。

 よっぽどお腹が空いているみたい。

 メニューも見ないでせっかちにオーダーをした彼をかわいく思った。

「そういえば、苦手な食べ物とかアレルギーとかあるのかな?」

「いえ、ないです」

「そうか。それはよかった」

 おしぼりで手を拭きつつ、副社長がうなずく。

「そういえば、メッセージを聞いた。返事ができずに悪かった」

「いえ」

 社員教育を受けた日のお礼と販売報告のメッセージをきちんと聞いてくれていたことがわかり、ホッと胸をなで下ろす。

「お仕事忙しそうですね」

「まあな。十二月上旬にはタイに行くことになっている」

「えっ? タイって旅行ですか?」

 急な話を聞き驚く。

「いや、出張だ。原石の買いつけで年に四回はタイに行っているんだ」

「そうなんですか」

 今日は商談で来月にはタイ。ハートジュエリーの副社長である彼はやはり忙しそうだ。

「三週間は戻らない」

「えっ、そんなに?」

「タイだけじゃなくてカンボジアや香港の展示会にも顔を出す予定になっている」

「そうですか」

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