副社長は甘くて強引
世界を股にかける副社長と、ただの販売スタッフの私。高級寿司店でテーブルを挟んで向き合っていることが夢のように思えてならない。
なんとなく気分が沈む。
「ん? 急に元気がなくなったな。もしかして俺に三週間も会えないのが寂しいのかな?」
副社長の口角が意地悪くニヤリと上がる。
「そ、そんなことないです」
「なんだ。それは残念だ」
落ち込んでしまったのは、副社長と自分との格差を改めて実感してしまったから。三週間も彼と会えないことが寂しいわけじゃない。……たぶん。
「お待たせいたしました」
タイ行きの話の途中で、オーダーしていたお寿司が運ばれてくる。
「お、うまそうだ」
コハダとサバ、カンパチにシャコなどの、本格的な江戸前寿司を前にした彼の顔に笑みが浮かぶ。
「本当においしそうですね。副社長はどのネタが好きですか?」
「俺はもちろんこれだ」
副社長はそう言うと、穴子のにぎりをパクリと頬張る。
「ん、うまい」
彼の少年のような笑顔は見ていて微笑ましい。 まず一番に味わうのは、副社長おすすめの穴子だ。
「いただきます。……おいしい!」
「だろ? しかしキミはなんでもおいしそうに食べるな。見ていて気持ちがいい」
「……」
一週間前はフレンチ料理、今日はお寿司。おいしいものを食べ慣れている彼にとって、これらは特別な食事ではないのだろう。でも私にはフレンチ料理もお寿司も滅多に食べられない豪華な食事。『おいしそう』ではなく、本当においしいのだ。
もっと上品に食べればよかった……。
大きな口を開けてお寿司を頬張った姿を見られたことを恥ずかしく思った。