副社長は甘くて強引

 一日の仕事を終わらせた私が銀座駅に向かって足を進めていると、数メートル先に副社長の姿を見つけた。

「副社長!」

 一週間前と同じように、偶然出会うなんて嘘みたい。

 彼に向かって興奮気味に声をかけると、ヒールを鳴らしながら駆け寄る。しかし、その足もすぐに止まってしまう衝撃を受けた。

 副社長の前に一台のタクシーが停まる。後部座席のドアが開くと、彼は前かがみになり左手を差し出す。その彼の手のひらの上に、白く華奢な手が重なった。

 副社長にエスコートされてタクシーから降りてきたのは、ブラウン色の長い巻き髪が美しい色白な女性。吸い込まれそうな大きな瞳が印象的でとても綺麗な人だ。

 彼女が歩道に降り立つとエスコートしていた手が離れる。そして副社長の視線が私を捉えた。

「仕事帰りかな?」

「はい」

「そうか。お疲れさま」

「はい。お疲れさまです」

 社員教育を受けた日から、私は身なりに気をつけるようになった。今日、羽織っているのは冬の到来とともに買ったフードがついたグレーのダッフルコート。ひと目惚れして購入したくせに、上品なキャメル色のコートを身にまとった彼女の前では、子どもっぽさが強調されるばかりで恥ずかしい。

< 63 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop